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スペイン北部の旅 3
Untzi Museoa




 

バスク地方の中心都市サンセバスチャンは、マリア・クリスティナ皇太后が1887年に夏の執務をここで行って以来、高級避暑地として観光客を集める人口18万人の街です。
サンセバスチャン海洋博物館は、白い砂浜が半円を描く美しいラ・コンチャ湾に面して建つ18世紀後半の建物を使用しています。山の民と思われがちなバスク人ですが、優秀な海の民でもあったことを示すための博物館といえそうです。パンフレットには、バスク人はそのことを誇りに思い、忘れないようこの博物館を維持している、とあります。緻密な構造の船の模型、潜水用具、船大工道具、当時のメモや写真など、素朴ながら興味深い展示でした。

ここで、旅の楽しみの一つ、"地元の人とコミュニケーションをとってみる"に挑戦。この楽しみは、言葉が通じなければ通じないほど楽しい、ともいえます。 そこで、言葉ですが、バスク語でバスクはEusukadi(エウスカディ), バスク語はEusukara(エウスカラ)といい、スペイン語ともフランス語とも似ても似つかないものです。なぜこのような言語をもつようになり、独立の情熱にかられる人々となったのか、この辺りの事情が知りたくて、是非バスク人と話がしてみたいと思っていましたが、その好機がやっと訪れたのです。
受付に座るがっしりとした体格をもつ青年はきっとバスク人に違いないと、英語、スペイン語、フランス語と、主にボディーランゲージを駆使して話しかけてみたところ、やはりそう。こちらのリクエストに応えて、はにかみながらもバスク語の本の一節を朗読してくれました。その音はスペイン語のそれとは全く違っていて、ちょっとごつごつした響をもっていました。そして彼が3度も念を押して東洋の旅行者に伝えたのは、それがラテン語を源にしていない、ということだったのです。つまりバスク人はラテン系ではない、フランス人とも、スペイン人とも違う、バスク人なのだ、と。さらに驚くことには、その語源が最も近いのは、今は国家としては消滅してしまったアルメニアであるとも言ったのです。
残念ながらボディーランゲージでのコミュニケーションはこの辺が限度。どなたか詳しい方がいらしたら、是非教えて下さい。

旅のレポートその4は、ピレネーの山々です。また覗いて下さいね。

   

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