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工房探訪第10弾『草の布の矢谷左知子さんを訪ねて』


『布づくし・展』の出展者をお訪ねする工房探訪シリーズその10は、神奈川県葉山町で草の布を織る矢谷左知子さんです。
よく何々の生まれ変わり、という言い方をしますが、さしずめ矢谷さんは草の生まれ変わり、草の精といえそうです。
お訪ねした日は梅雨晴れ間の強い陽射しが降り注ぐ陽気。その中を写真に撮りたいとの要望に応えて、一抱えほどもある苧麻を採集してきてくれました。苧麻は、道ばたや空き地に勢いよく生えている1mほどの高さに成長する草。ほとんど気にする人もなく、雑草の代表のような植物です。この草が、矢谷さんのもの作りの素材であり、愛すべきパートナーなのです。今の時期はもっぱら苧麻ですが、夏本番になると葛の採取、糸つくりが始まります。

 


採りたての苧麻を糸にする手順を見せていただきました。まだ瑞々しいままの茎から葉を取り除き、根元の方から表皮を剥きます。梅雨から夏にかけてのものはつるつると剥けるのに、秋近くまで生えていたものになると、剥き難くなるそう。でも、その不揃いに剥けた皮を糸にすると、それはそれで味わいがある、と矢谷さんは、草の凡てをそっくりそのまま愛しているかのように言います。剥いた皮はすぐにまな板の上で内側のぬるぬると、表の黒い部分をこそげ取ります。簡単なように見えますが、1年分の素材となると半端な量ではありません。東京暮らしを知る友人から、逞しくなったと言われるそうです。山へ分け入り、人手の入っていない斜面で採集作業をするときも、かぶれたり、虫に刺されたりすることはめったにないとか。身体が植物と同じようになってしまっているらしい、と涼しく微笑んでおっしゃいます。この辺からも、すでに草の精らしいことが察せられます。
   
11年前、東京でのデザイナーを辞めて染め織りを始めたとき、ふと足もとにある草を素材に選んだのも、きっと草が彼女を呼んだのでしょう。矢谷さんの手を借りて、草自身が、なりたがっている形に変身した、とでもいうのでしょうか。彼女の言葉によると、“種のボーダーが外れた”ような一体感というものなのです。織られたものも、特に目的や用途はなく、でも小さな一片の布からは不思議な“やすらぎ”や“力”をもらえそうな気がします。

 
   



夏は採集のシーズンなので、工房の機は空いていましたが、天井から吊り下げられた苧麻は、微妙に縮んでいて、その素であるさまは実に存在感に充ちていて、人間くさい感じさえします。深い緑を残した部分、焦茶色になった部分、やや白っぽく枯れた部分と、微妙な色の変化があります。矢谷さん曰く、“自分のアクが廻って”、草はこうした色に変容したのだと。経糸は麻や紙糸を使い、緯糸としてこのひょろひょろとした状態のまま差し込んで織ります。このとき、必ず水を吸わせて、濡れた状態にして織ると、乾いたとき、ぴしっと目が揃うのだそうです。白っぽい方は葛。染めは藍を始め、栗のいがやヨモギやヤシャブシから煮出した液を使います。自宅の畑や、近所の空き地や山から採ってきたものを使うようにしています。同じ風土、土壌に育った命との交感を大切にしたいと思うからです。今までは、人によって植え育てられた草は使わず、自生の草だけでやってきましたが、日に日に採集場所が失われ、栽培しなければならない日が迫りつつあることを感じています。

 

 
今、11年間の活動を振り返って、矢谷さんはちょっと考えこんでいます。というのは、自分がやっていてほんとうに楽しいことは、植物を探し求めて山を歩き、採集し、糸にするまでのプロセスであるのに、発表しているのはその結果である織られた布。伝えたいのは、織った布というよりは、素材そのものだということを、最近ますます強く感じるようになったからです。去る5月、葉山での展覧会では、会場いっぱいに草の糸を展示し、草の精からのメッセージを伝えたのでした。
布を染めたり織ったりすることは、使われることを目的として作られることが多いのに比べ、矢谷さんの行為は、草の命の輝きを伝えることができたら、との念いがすべてのように見受けられます。
こうした矢谷さんの在り方は、大きな救いであり、私たちに何かを問うているようにも思います。
矢谷さんに連絡をとりたい方は、縄文社までご連絡下さい(03-5785-2456)
   

(2004/8/25 よこやまゆうこ)


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