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自然のなかで伝統の染めを楽しむ松原伸生さんを訪ねて


工房探訪・その31は、千葉県君津市のはずれの大きな自然の中で『長板中形』の染めを受け継ぐ松原伸生さんをお訪ねしました。猿がゆすら梅の実を食べにきて、牡鹿が角で木の枝を折ってしまうような丘陵地帯の一角に父と息子が工房を構えて20年。すでに日本工芸会正会員でありながら、今年の伝統工芸会染 織展では新人賞を受けてしまった、と苦笑される松原さんの自然体の仕事ぶりが印象的でした。

『長板中形』という聞きなれない名称の意味を知っている方は、着物に関心のある方に違いありません。『長板中形』とは、友禅や江戸小紋といった染め技法 の名称の一つで、長い板を使って、中くらいのサイズの柄を型染めするのでこう呼ばれてきました。江戸川区松島では昔から浴衣や手ぬぐいを型染めする業者 が多く、糊を置いた布を干すための四角い櫓が立つ風景は、松原さんの子供の頃にはあちこちで見られたといいます。重要無形文化財に認定された祖父松原定 吉の息子たちが「松原四兄弟」と呼ばれた父の世代に続き、伸生さんの世代は、従兄弟3人が松原家の『長板中形』を受け継いでいます。

 
    型染めの力量が問われる工程の一つに、糊置きがあります。長さ6m、幅50cmほどのモミの一枚板に貼った反物に、柿渋を塗った和紙の型紙を使って糊置きします。柄がずれることなく糊を置けるようになるのは習熟の賜物。片面と両面の柄つけがありますが、両面のときの表は赤い糊を使います。裏を置くとき に柄が透けて見えるようにとの工夫です。表裏に違う柄をつけることもあります。前立てや袖口にちらっと見える柄違いを楽しむ向きに好まれてきました。松原さんも指摘されましたが、型染めをする作り手の共通の危惧は、型紙を彫る人がいなくなっていくことです。生業としてやっていけないからです。同じ状況 は、紙漉きの簀、織物の竹筬、漆塗りの刷毛などと、絶滅寸前道具はいくつもあります。もう、国家公務員にならない限り、これらの道具を作る技が日本から消えてゆくのは時間の問題、と案じる関係者は少なくありません。
 
 
さて、作業を見学させてほしいとの要望に、松原さんは糊をおいた反物を藍染めする工程を見せて下さいました。着尺を染める藍甕は、糸染めの瓶とちがい、深さ1.3mの長方形に地面を掘ったもの。そこに伸子(しんし)で整え、あらかじめ“水浸みし”した約14mの反物を静かに静かに降します。水を含ませ ておくのは藍の浸透性を高めるとともに、すーと甕に沈んでゆくように。布どうしがくっつくと染めむらの原因となるので、浸す前に息を吹き込む“割を入れる”ことが肝要。1分半ほど浸けたら引き上げます。上がってきた布の色は緑。脇にある台に掛けるあいだにも、緑はみるみる青に変化しています。藍は酸素 にであって藍色になります。雫の色が透明になったら、布に吸われた藍がすべて酸化定着したとの合図。この作業を2度、あるいは3度とくり返して、好みの藍色に染めあげるのです。
 
  作品はおおむね浅い藍色が中心。中国の濃紺の藍印花布との違いも出したく、現代の感覚にあうようにとの配慮からだそう。両面染めにした浴衣は、足袋をはいて単衣の着物感覚でお洒落着として、また、上質の絹地に華やかな柄をのせた着物は、成人式にと求められたこともあるそう。原色飛び交う成人式のお振袖のなかで、藍一色はきっと知的な個性を演出したことと想像されました。藍染めイコール浴衣と思われがちですが、甕のぞきと呼ばれる薄藍から黒に近い濃紺 まで、着るひとの知識と個性と着こなしによって、多様な表情を見せてくれる藍型染めの可能性はまだまだ大きいことを、松原さんは教えて下さいました。

重い長板を担いで工房から庭に運び出し天日に干す力仕事、3日に一度は甕の底に沈んでいる藍を撹拌する作業、中腰での糊置きや染め。体力を要する『長板 中形』では、伝統的に男性の作り手が多いのもうなづけます。松原さんの中学1年生になる長男はそろそろ染めの手伝いをするようになったと、若い父親はやっぱり嬉しそう。松原一族第4世代となる息子たちが興味を持って技を継いでくれるためにも、都会を離れ、制作に集中できる環境で松原さんの活動はます ます充実しそうです。
 
  松原さんの連絡先:0439―39―3317
 


(2005/7 よこやまゆうこ)

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