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『静かな暮しに織りのある城地しげ子さんを訪ねて』

ひとは或るとき、何かに強く魅せられ、生涯にわたって関わる仕事や趣味を獲得することがあるようです。城地しげ子さんの織物との出会いも、そうした偶然と情熱の賜物。スエーデンにある手工芸の学校の記事を女性誌で読み、どうしてもこの学校で学びたい、と思いました。
これが、スマックと呼ばれるトワイニングの技法の一種の、経糸を刺繍糸で巻きながら模様を出してゆく技法を使って、緻密な織物を創作するキャリアの幕あけでした。
  東京上野生まれ、大学では哲学を学び、とりたてて手仕事が好きなほうではなかった若いころ。一方、絵を描いたり、ぬいぐるみやバッグ、家族の服を自己流でつくるなどしている母を見て育つ環境でもありました。
女性誌で見つけた記事に触発され、すぐにでも留学したいと願いました。友人にこの話をしたところ、そのまた友人がおりしもスエーデンの織物学校から帰国中で、二日後には離日するとのこと。何とか出発前日に会うことがかない、情報を得、資料を手に入れることができました。こうしたタイムリーな偶然にも恵まれ、英文で熱意を記した入学願いが学校に受理され、1977年、28歳の城地さんは、スエーデン中部ダーラナ地方にあるサーテルグレンテンというテキスタイル学校に入学することができたのです。ほんの一瞬タイミングがずれていれば、人生は違う方向に導かれていたかもしれません。また、何かを強く求めていたからこそ、その記事に心を奪われ、友人たちの心を動かし、協力を得ることができたとも言えるでしょう。

さて、念願かなって入学した学校。そこは山の中腹にある修道院のような雰囲気をたたえたところ。国籍も年齢もまちまちな20名ほどの学生が寄宿舎に滞在して、麻糸を紡いだり、素材やデザインの勉強に明け暮れました。学校では染めはせず、まるでカラーパレットのようなグラデーションの糸が校内の売店に準備されており、学生はほとんど無料に近い費用で使うことができたのです。それはまるで天国のような環境だったと振り返ります。
6ヶ月の厳しくも楽しい学びの期間を終えて帰国してほどなく、展覧会を開いてみないかと東京青山のギャラリーオーナーに勧められました。このギャラリーではおよそ10年間にわたり個展を開いてきました。
デザインされた基本形をリピートしてゆき、3枚の細長く織った布をつなぎあわせたタペストリー。経糸に緯糸を絡めて図柄をだす技法は、太いウールで織るラグなどでよく使われますが、絹糸で高機でするのは、いかばかりの忍耐力と集中力がいることでしょう。“なかなか進まないんですよ、杼を入れるときは嬉しいですね”の言葉に、その大変さが伝わります。
城地さんのパートナー和田仁さんはカードを作る作家です。30代後半に発病したベーチェット病から全盲となり、リハビリで試みた織りを通じて幼なじみの城地さんとこころを通わせるようになり結婚。共同制作のカードは『ありがとう』や『おめでとう』が点字で添えられた,静かで温かいカードです。
和田さんと再会し一緒に暮らすようになって、城地さんの織りも変わりました。根を詰めて細かい作業に集中する織りから、綾織り、単色使いのスカーフやショールが主になりました。余分なものを削ぎおとし、大事なものをそっと差し出すその風情は、織りにもカードにも共通しています。お二人の暮らしぶりは、湘南の冬陽の暖かい日だまりのなかで、大切に育まれているように感じられました。
(城地さんのスカーフやカードは、藤沢の工藝サロン梓- www.azusa- kougei.jpで販売しています)
    (2010/1 よこやまゆうこ)

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