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<番外編><シリーズ・私のたからもの>『娘が綴る母・宗廣桂子さんの宝物:仕事部屋とその棚に並ぶものたち』
   宗廣佳子さんは、戦後、岐阜県郡上八幡にてのちに地域の産業となる郡上紬を興し、『紬縞織/絣織』の技術で紬織の分野では初めて重要無形文化財(人間国宝)に認定された父親・宗廣力三の流れを汲みつつ、独自の紬織の境地を楽しまれました。(こちら)。娘さんの朋子さんが母の宝物を記してくださいました。
    染織家であった母・宗廣佳子が他界したのは2020年10月です。享年70歳。初夏に体調を崩してから、あっという間のことでした。最後の3ヶ月間、「神様からもらったご褒美の時間と思って、自分のことだけ考える」と宣言して、織りかけの半幅帯もそのままに、仕事場に入ることはなかったのです。
    母の宝物ってなんだろう、と考えた時、まず頭に浮かんだのは仕事部屋の棚に並ぶ品々でした。染め上がった糸、それを巻き上げた木枠などです。材料と道具が並ぶ横には、東南アジアの手仕事を訪ねる旅で買い込んだタイやラオスの山岳民族の藍染に手刺繍を施した布なども混じります。
    写真の真ん中に、母が大好きだった漆作家・佐藤阡朗さんの棗も見えます。黒漆に葡萄と蔓模様が渋い蒔絵で描かれたその棗は、お茶の先生からも褒められたそうで、後日、母は嬉しそうに話していました。「お母さんね、お茶に誘ってもらって、お稽古がとっても楽しいの。赤羽根先生っていうとても良い先生でね」と母が話していたのは、もう15年以上も前になります。
    交友関係が広く、いつも動き回っている印象だった母ですが、初めてできた趣味らしい趣味だった気がします。楽しいお仲間と先生に恵まれ、毎月いそいそとお稽古に通いながら、自分なりに気に入った道具を集めるのも喜びだったのだと思います。棗の右隣に見えるのは小さなガラスの器、その蓋は、母が父にリクエストして誂えてもらったもの。素材は黒柿です。琴職人である父は、母に頼まれてよく小さな棚や道具を作っていました。
    機に向かうときはラジオか落語を聞くのが母のスタイルでした。中でも好きだったのが桂枝雀。CDの全集を何度も何度も聞き返していました。枝雀にまつわる思い出といえば、私が小学生のころ、地元長野県で枝雀の落語会が開かれることがあり、家族全員で行く予定だったのに、臍を曲げた私が「行かない」と言い出し1人で留守番をすることになったこともありました。
    柳家小三治のファンでもありました。小三治のお話会には、もう少し大人になっていた私も素直に一緒に行きました。筆まめな母はファンレターを認め、なんとお返事の葉書も届きました。「不思議なものですね。私はあなたを知らないのに、あなたは私を知っている、、、。」と粋な文章だったのを今でも覚えています。この葉書は、喜んだ母により茶の間に飾られていたのを覚えています。母が亡くなってから何人もの方から「お話が面白かった」「上手だった」と聞きました。きっと日々落語を聴き込んだ成果に違いありません。
    祖父宗廣力三の写真もあります。そして卒業する研修生に向けて祖父が渡していたという「織五省」。
    一、糸を経に心を緯に
    一、常に技法の研鑽に努めん
    一、一すじの糸のいのちを大切に
    一、正された仕事を美が追ひかけて行く
    一、自他一如
     織に向かう姿勢を指南するようでいて、そのまま生き方やあるべき姿を示したような言葉が並びます。今までに何人かの卒業生に宛てたものを見たことがありますが、どの五省も少しずつ違っていて、それぞれの個性を見ていたのかなと想像できます。厳密に言うと研修生ではなかった母は、祖父にお願いして書いてもらった、と言っていました。
    30歳で結婚、それまで気ままな独身生活だった母が、翌日からは家族5人分の掃除・食事・洗濯に追われ、しばらくは織りに取り掛かる時間もなかったのではないかと思います。今の仕事部屋ができて、やっと自分の時間・自分の空間を持てた母は、心が喜ぶ品々を近くに置いて、機に向かっていたように思えます。母にとっての宝物は、大好きな仕事を大好きなものに囲まれてできる、この仕事場自体だったのかもしれません。
    8月7日から16日まで長野県佐久市にある『多津衛民芸館』の「夏の工芸展」の一環で、母の作品、父・吉澤武の琴、佐藤阡朗さんの作品が展示されています。大正・昭和期の作家・民藝研究家の小林多津衛の名を冠している珍しい民芸館です。山道を登りきったところにある正に宝物のような空間がここにもあります。ぜひお運び下さい。

吉澤朋子・南足柄市
(2022/7 よこやまゆうこ)

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