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沖縄工芸旅行


梅雨明けしたばかりの那覇は33℃。東京とは太陽光線のパワーが違う。
今回の旅の目的その1は、展覧会情報でご案内している『あげずば織』の上原美智子さんの個展を訪ねること、その2は、沖縄の味探訪。私が初めて沖縄を訪ねたのは返還前の1970年、パスポートが必要だった。一人旅に沖縄を選んだわけは、蛇味線が聞きたい、というものだった。そして、今回、2年ぶりの沖縄空港は、亜熱帯地方独特のローカルエアーポートの風情が姿を消し、カラフルな熱帯植物が飾られた洒落た空港に変身していた。2年後に完成するという空港からのモノレール工事が進んでいる。沖縄の工芸家たちと郷土の味覚発見を、5回にわたってレポートします。


佐喜眞美術館パンフレットより





佐喜眞美術館
ー画像:佐喜眞美術館パンフレットよりー

佐喜眞美術館と『21世紀の風』展

展覧会の会場となった佐喜眞(さきま)美術館(LINK)の成り立ちと建物について、まずお話しよう。佐喜眞美術館は那覇市内から車で30分。館長の佐喜眞道夫さんが、美術館を建てたいと米軍普天間基地と交渉し、1992年に返還を勝ち取り、その一角に建てたもの。「もの想う場」をつくりたいとの佐喜眞さんの強い意志があったことが伺われるのは、この建物が沖縄の終戦日といわれる6月23日をとって、この日の日没線にあわせて建てられていることだ。屋上の塀に穿たれた四角穴から6月23日の日没光がまっすぐに差し込む。高校生たちが作った沖縄戦戦没者と同数の236095個の石を積んだ「石の声」、その近くには18世紀ごろのものという沖縄独特の大きな亀甲墓。屋上から見渡せば、緑生い茂る広大な基地の向こうは紺碧の海と空。沖縄全土の75%が基地であることを聞けば、訪れた者は沖縄について考えないわけにはゆかない。

展示会場に一歩足を踏み入れて、息を飲み、言葉を失った。天井から下げられたあげずば(琉球語でとんぼの羽根)の布たちが、漂うように、空気の動きにのってゆれている。逆らうことなく、軽やかに、でもそこに在る。







小さな繭から引いたお蚕さんの噴いた糸が、こんなにも美しい布に織り上げられている。小枝にかけられた薄衣は、天女の羽衣だ。上原さんは、織りと染めの作業でぎっくり腰になり、2ヶ月間もベッドを離れられなかったことなどなかったかのように、涼し気に微笑んで出迎えてくれた。彼女の永年の仕事が認められ、昨年、国立近代工芸美術館が永久コレクションにあげずば織りを加えた。3、7デニールという繭から引かれたたった1本の糸を縦糸緯糸にして織るのは、世界中でも上原さんしかいない。
そして23日の夜は、丸木位里・俊さんによる「沖縄戦の図」を背景に、3人の若い女性たちによる、バイオリンとピアノ演奏と詩の朗読が行われた。沖縄について考え、祈る時間を与えられた一夕だった。(横山祐子)

ーつづくー

   

(C)Copyright 2001 Jomon-sha Inc, All rights reserved.

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