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工房探訪第11弾『糊置き師 細野光男さんを訪ねて』


『布づくし・展』では先染め、後染め、織り、刺繍、絞りなどの技法を用いた着尺が出展されましたが、その中に手描友禅の技法で描かれたものも数多くありました。作り手を訪ねるシリーズその10は、糸目友禅の糊置きを専門にしている職人細野光男さんの糊へのこだわりに迫ってみました。

手描友禅は、白生地の上に下絵を描き、糊を置き、糊で囲った中に色を挿し、刷毛で地色をつける、というのが主要な手順です。最近の友禅作家はこの一連の作業を自分でやることが多いそうですが、多数の着尺を染めていた一昔前までは、東京でも分業が成り立っていました。細野さんは、今でも作家から糊を置く作業だけを頼まれる、プロの糊置き屋さんです。この道一筋35年のプロのこだわりと工夫の、ほんの一端をご紹介します。

 
何故、糸目友禅と呼ばれるかというと、糊を置いて白く染め残したところが、染め上がった布の上では白く細い糸のように見えるからです。ところが、ゴム糊は扱いやすい反面、地色を引いたとき、くっきりと均一な白い線が残るのに対して、米糊の場合、糊と布との境目にわずかに染料が侵入するため、微妙なぼやけがあり、見た目の線がやわらかになります。この効果を好む作家にとって、熟練の技が必要な米糊を置いてくれる細野さんの存在は貴重です。細野さん曰く、下絵は“当たり”のようなもの。つまりガイドライン。作家なり絵師がイメージとして描いた下絵が、染めあげられたとき最高に美しく見えるようにするのは、糊置きの腕次第、というわけです。細野さんの仕事は、正に縁の下の力持ちです。

   
プロのこだわりはまず材料に始まります。一般的に使われている糊は、昭和のはじめに開発されたゴム糊ですが、細野さんは、もち米の粉と白糠(ぬか)を混ぜて作ります。もち米の種類による粘りの強弱の違い、酒米を搗製するときの段階などが影響します。細野さんは粘り強い研究の結果、現在のレシピを得ることができたと言います。
糊作りは、まず米粉を1時間ほども練り、ドーナツ状にしたものを10時間蒸します。これだけ火をいれ冷蔵庫で保存してもすぐに黴が生えますが、黴を取り除きながら古い糊に新しいものを加えて使います。秘伝の鰻のたれに似ています。米粉と白糠の比率は6:4。これらは、600種以上の実験のすえに得られた答だとか。これ以上詳しいことは“企業秘密”と。

(右が新しい糊、左が古い糊)


   
糊置は、使いやすいように改良して作っている筒を右手の人差し指の上に置き、親指で押しながら細い口金からでる糊で線を描いてゆきます。
亀甲文様のようなグラフィックな柄のときは、均等な線を引くことが肝腎。一方、風景画のように遠近感を出したい図柄のときは、太細、強弱をつけた線で風景の奥行きや動きを表現します。この効果は、口金から出る糊の量を微妙に親指で調節することによって生まれます。細野さんの糊置き作業は、まるで筆で描いているかのよう。勢いと流れとリズムがあります。めりはりの効いた生き生きした線による輪郭が一気に描かれてゆきます。これは、中国南画の手本や、磁器の下図集や、浮世絵の下絵などを繰り返し学び、筆圧を練習した努力の賜物とか。現在、東京には、細野さんのような糊置きのプロが14、5名。50代の細野さんは若手です。
細野さんは、最近、作家活動を始めました。将来は個展もできたらと、糊置きの技を活かした作品作りに励んでいます。

 

 
素晴らしい工芸品を支えているのは、表面に現れない地味な部分。道具を作る人、材料を育てる人、採る人など、人目にふれない作業があります。例えば、人毛で作る漆筆、和紙を漉く簀、鋭利な切れ味の刃物、極細の線を描ける筆などを作る人です。こうした分野は評価を受けにくいだけでなく、経済的に自立することも大変です。当然、後継者が入ってきにくい分野です。今や、理解だけでなく、具体的な支援を必要としていることは間違いありません。
細野さんの連絡先:03-3322-3784     
   

(2004/8/25 よこやまゆうこ)


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