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『Cross Pointー織物の「交点」にこだわる牧山 花さんを訪ねて』

青い海原を見晴らす湯河原の高台にある住まい兼工房に牧山 花さんをお訪ねしました。パートナーと二人でみかん林を開墾し、急斜面に建てた家の広い一階スペースでは、染めと織りが同時並行して進んでいました。
牧山さんは、ごく最近、『透綾(すきや)』という布の名称を見つけました。そのルーツは、文献によると、江戸末期から越後十日町で作られはじめた極めて薄い絹縮とあります。その頃は、経糸に絹、緯糸に苧麻(ちょま)を使ったとされていますが、現在では経緯ともに絹の生糸や半練り、練糸が用いられているようです。苧麻糸は、イラクサ科の多年草の茎の表皮から得た繊維を細く裂いて績み、経糸には2本の糸を撚りあわせ、緯糸には細く裂いた繊維の根元と尖端とを撚りあわせ、結び目を作らずにつないでゆくという、恐ろしく手間のかかる作業から生まれます。糸をよく晒して織ったものを上布(じょうふ)、緯糸に強い撚りをかけ、織ってから晒したものを縮(ちぢみ)といいます。重要無形文化財に指定されている越後上布、宮古上布、八重山上布、小千谷縮などがよく知られています。本州唯一の産地としてかろうじて残る福島県昭和村では、町おこしとして「からむし」の栽培を続け、伝統の技を残す努力を続けていますが、全体では苧麻を績む人が減り、希少な糸になったこともあり、織る人もすっかり少なくなってしまいました。
(作品写真:塩崎庄左衛門) 上布とも縮とも違う『透綾』がご自身の織りものの名前であったことに初めて気づき、その偶然の一致に、ちょっとほっとしているとおっしゃる牧山さん。このことからも推測されるように、牧山さんの染め織り仕事は、ユニークな経緯を辿って現在に至っています。

水の動きや小動物をぼんやり見つめていたという少女時代を過ごし、描いた絵を褒められたことから美術大学へ進学。“存在が立ち上がってくる”のが楽しくて、大学では裸体デッサンに打ち込みました。人間ばかり描いていたという線の強いスケッチ画を見せて下さいました。彫刻に向かってみたりもしながらの模索中に、色への興味から染色を学びに京都へ2年間。そこで絣と出会いました。たった2年間染め織りを習っただけで、あっさりと全日本新人染織展で新人賞を受賞と、快調なスタート。牧山さんのなみなみならぬ集中力と才能の片鱗を見てとることができます。
ところが、新人賞を獲得して着尺作家として活動を本格化するのかと思えばそうではなく、なんの伝(つて)も友人もいないなか、学生時代に一ヶ月間ヒッピーをしたという沖縄に出奔。旅で見た、宮古島で作られる細く美しい麻糸が忘れられなかったからです。宮古のおばあたちの績みだす苧麻糸は上質な光沢をもち、人頭税という哀しい歴史も残されていますが、南国の気候にふさわしい貴重な布として、島の女たちによって織り続けられてきました。
こうして、幼いときから感じていた、“存在って何だろう?”の疑問の根っこに、織物の「交点」とともに、絣の技法が作り出す「点」を見いだした牧山さんの「点」探しの舞台は、苧麻糸にたぐり寄せられるように宮古島へと移ります。
一年間のヨーロッパ、アジア放浪の旅をはさみ、足掛け5年、宮古島にとどまり、伝統的な宮古上布の織り手として働きました。絣をくくる忍耐強い作業や、淡々とリズムをとって織る作業は、プロの織り手として働いたことで充分身につきました。
  蓄えた実力が発揮されるチャンスは東京に戻ってほどなく訪れました。2002年、現代美術の知人がプロデュースする『Cross Point』と名づけた展覧会です。絣模様を手で括り、天然染料で染めた幅40cm、長さ約10mの布20本を、5mx8mの面積に吹き抜けの天井から吊したものです。制作には、糸を括って染めるだけでほぼ2年の年月を費やしました。何と、この面積には5億6000万個の点が存在します。さらに2005年には、新作『Cross Point n.8』を再び現代美術の企画展で発表。制作の様子をそばで見ていたパートナー曰く、明けても暮れても糸を括り、次第に青白くなってゆく作り手の姿には、鬼気迫るものがあったそうです。これらの展覧会を見逃していたことは痛恨の極みですが、アートとしてまた工芸としての、その意味を理解した人はどれくらいいたことでしょうか。

新人賞をとってからというもの、敢えてコンペにも染織関連の展覧会にも出展せず、枠にはまることなく、自由に創作していたいとの強い願いからオーダーメードを中心に仕事をしてきました。手元仕事のあと、がらっと気分を一変できるのが気に入って、週に二回、老舗旅館のナイトフロントのアルバイトもしています。
去る5月、横浜三渓園での『日本の夏じたく展』で遭遇した牧山 花さんは、絹と苧麻の混織布『透綾』の風合いに惚れ込み、現代美術と伝統工芸のギャップを軽々とまたいでみせる、これからの活動を楽しみに見続けてゆきたい作家です。
 
    (2009/7 よこやまゆうこ)

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