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道路沿いの黒い屋根がゲストハウス、左上に並ぶ赤い屋根は自宅と工房。その左右と背後がエディブル・ガーデン
<番外編><シリーズ・私のたからもの>『木戸良平さんの宝物は暮らしそのもの』
    こちらでご紹介した岩手県在住の木戸良平さんは、木工制作を続ける一方、自宅の周辺に広がる大きな斜面に様々な植物を育てることにも熱中していらっしゃることが、今回のエッセイで判明、驚きました。岩手県紫波郡の工房をお訪ねしたのは17、8年前。その後、S財団から助成金を受けた事業でイギリス遊学をしていただいたり(SideStory#160)、shoppingコーナーでは、使い勝手の良い座椅子を求める方々にお買い求めいただいたりと、長いおつきあいが続いていました。その頃、民宿を始めると伺った記憶もあり、今では常にほぼ満員、その80%が外国からの旅行者だそう。インスタグラムなどで、ryoheiの宿の噂が拡散さているに違いありません。もちろん、緻密な仕掛けの仕組まれた船箪笥のご開帳に、見たことのない日本の工芸品とその技に感嘆しない人はいないはず。きっと彼は北前船の説明から当時の歴史も説明していらっしゃるのでしょう。
    何でも独学で研究しユニークな仕事にしてしまう木戸さんのことですから、大自然を相手に山菜育てにもきっとクリエイティブな仕掛けを設けていらっしゃることと想像してしまいます。
    私の一番の宝物は、自宅と工房の周りに広がるエディブル・ガーデン(食用植物園)です。広さ約5000坪の南向き斜面に、何年もかけて食べられる山菜や木の実などを増やしてきました。
    春先のふきのとうに始まり、のびる、 あさつき、葉わさび、 のかんぞう、菜の花、タラの芽、 しいたけ、こしあぶら、行者にんにく、こごみ、うこぎ、三つ葉、わらび、しどけ、山うど、うるい、みず、筍、山椒、しおで、桑の実、スグリ、 ラズベリー、 ジューンベリー、グミ、ブルーベリー、 梅、なめこ 、栗、柿・・・。
    肥料も農薬も欲しがらず、少しだけ手をかけてやるとどんどん殖えていく天然の食用植物が、毎日の食卓を豊かにしてくれます。最近は「雑草」の中から美味しくて身体に良い野草を見つけることにもはまっています。江戸時代、飢饉に備えて出版された図録『備荒草木図』に紹介されている104種の食物は、どれも1度は食べてみたいと思っています。
    もともと都会育ちで自然派でもなかったのに、どうしてこんなことになったのか。学生だった1980年代、酒飲みの大先輩の女性が、住宅地の雑草で旨いツマミをこしらえてくれたことがありました。東京都心のアスファルトの切れ目に生えた草!で、あれは今につながる1つの原体験かもしれません。
    とはいえ、20代30代の頃は山菜の繊細な味わいを理解できなかったし、その辺に生えているものを食べるなんて、どこか惨めなような気もして、あまり興味を持てませんでした。里山暮らしのベテランたちが毎年どっさり、繰り返し届けてくれる山の幸も、美味しさがわからず無駄にしたこともあったなあ。 でもこのありがたい「繰り返し」が、少しずつ少しずつ私の味覚を育てていってくれたんだと思います。
    最近は自分が味わう以上の楽しみも増えてきました。例えば、都会から訪れる子供や若者がベリー類を頬張ったり、鹿のように木の芽をむしゃむしゃ食べたりするうちに、どんどんいきいきしていく様子を見るのは嬉しくてたまりません。


毎年の手入れで10倍以上に広がったわらび園


舌と眼を喜ばせてくれる菜の花
    それにしても、還暦を過ぎ、あちこちにガタがきた身体で、この広い土地を管理するのは大変です。夏は毎朝5時頃から朝食前までを「朝仕事」と称してフィールドの手入れに充てていますが、土地の端から順に1週間ほど掛けて草刈りを終えると、初日に刈ったところがもう伸びています。
    30数年前、ここに移住してきた当初、草刈りは「仕方なく」する作業でしかありませんでした。それが実は尊い営みだと教えてくれたのは、向かいの山のおじいさんです。見惚れました。からだの動きが実に自然で美しく、しかも躍動感があってリズミカル。民俗芸能の名人の舞いを見るようです。働き者が多いこの土地では、勢い良くガンガン刈り払っていく人が多いのに、その老人は機械の音もどこか優しげ。ある人にそんな感想を話したら、「あの爺さまは草を慈しむように刈るんだな」と返ってきました。だれでも草刈り中は石に当たって刃こぼれするカーン、カーンという音がつきものなのに、彼だけはそんな音がしないよね、というと、「あの域に達すると刃が自然に石を避けていくんだ」。その頃は笑い話のように聞いていたことが、今は実感できます。
    「あっ、こんなところにアマドコロ」とみつけて刈り残したり、「このへんはシオデが出る直前の6月頭に刈っておこう」とか。山菜のないところはスッキリ刈り払ってしまいたいところをぐっとこらえて、クローバーやツルマンネングサなど、グランドカバーになる植物だけは刈り残し、種が熟すのを待つ。でも、葛のように残しておくと厄介な植物だけは、早めに刈っておかないといけません。この草は種で増えるのか、地下茎で周囲に伸びていくのか、数年単位で観察しながら見極めながら、まさに土地を慈しむように草を刈るようになると、時間ばかりがかかる作業と思っていた草刈りが、楽しみで待ち遠しい時間に変わりました。刃が「自然に石を避けていく」というのも、決して作り話ではないことを体感しています。
    今年、5000坪の斜面を刈るのに要する時間はかつての半分以下になり、反比例するように食べられる植物はどんどん広がっています。call & response 自然は関わりの深さに応じて、答えを返してくれます。

木戸良平:岩手県紫波郡
(2023/6 よこやまゆうこ)

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